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分担研究概要

生体と電磁場の融合による新たな医療機器・技術の開発とその動向

松木 英敏
医工学研究科 医工学専攻 治療医工学講座
生体電磁波医工学研究分野 教授
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1. はじめに

  我々は,電磁場と生体用アプリケーションを融合させることで,生体機器の進化と新たな治療技術の確立を目指して研究を行っている.近年の急速な社会的変化につれて,医療技術や設備システムの発展と同様にそれらを取り巻く「環境」を改良し発展させることも重要である.医療機器は,人々の健康を管理し,健全な状態に保つためにはなくてはならないものであり,その医療機器の多くは電気をエネルギー源として動作している.これはつまり,電気が人の生命に直結しているといっても過言ではない.医療機器は,病院で使用されるような大きな装置から,携帯できる小型のもの,または,個人で使用可能な装置まで幅広く及ぶ.これらの医療機器の電源を確保することは重要な問題である.特に,電源容量と有線による電力供給の問題が,医療機器を促進させる上で,鍵を握っている.この問題により,装置の設置場所等が必然的に決定してしまい,その分患者に負担を強いることになる.そうなると,次世代の医療機器は,直接電源に接続される必要はないはずである.「エネルギーを転送させる技術」は医療機器の発展に大きく貢献するであろう.非接触エネルギー伝送とは,機器内部に電源をもたず,外部からワイヤレスでエネルギーを伝送することであり,そのような装置が生体内に設置可能となった時,医療システムが劇的に変化するはずである.

2. 医療機器からみた非接触エネルギー伝送

  人工心臓に代表される人工臓器・生体内医療機器に関する研究は,近年の医学の進歩に伴い益々活発になっている.これらの医療機器においては細菌感染や患者の自由度について考えると体内完全埋め込みが望ましいが,このとき問題となるのが機器の駆動エネルギーの確保である.現在ペースメーカなどの一部の小電力医療機器においては電池を用いて完全埋め込みを実現しているが,この場合も数年のスパンで電池の交換を行う手術が必要となり,患者に与える負担は大きい.そこで,経皮的に非接触エネルギー伝送を行うことで,上記の問題を解決することができる.

非接触エネルギー伝送の応用先として,以下のようなものが挙げられる.

機械的出力:
人工心臓や人工食道等の生体内に配置された装置を動かすためのエネルギー伝送として使用.
電気的出力:
FES(機能的電気刺激)やペースメーカ等の電気的な刺激方法として使用.
熱的出力:
ハイパーサーミア用の局所的な熱源としての使用.

以上のように,非接触で伝送されたエネルギーの出力形式を変えることで,様々な医療機器へ応用することが可能になる.

3. 応用例と現状

3.1 生体と磁場

  エネルギーを非接触で伝送する方法として,高いエネルギー密度と効率を達成することが可能な「磁場」を利用することが最も適していると考えられる.また,磁場は,生体という特殊な環境化においても,ほとんど影響を受けることなく体の深部まで磁気的エネルギーを伝送することが可能であり,生体内医療機器との相性も良い.そこで,この磁場を積極的に生体機器へ応用することで,非接触エネルギー伝送を実現している.

3.2 機械的出力

  全く有線を介することがない完全埋込可能な人工心臓・食道のエネルギー供給システムを開発しており,素晴らしい結果を得ている.エネルギー伝送効率は世界で最も高い値である.そしてその構造(図1)は,厚さ数 mm程で,かつ柔軟に形状を変化させることも可能であり,高性能と柔軟性を併せ持つ他に類をみないものである.また,我々独自が開発した,人工臓器をモニターして,エネルギー伝送を制御する付随のシステムには,エネルギー伝送による影響を受けることなく体内外信号伝送できる制御・監視システムがある.

left:(a) External Coil right:(b) Internal Coil
図1. A pair of disklike coils for transcutaneous energy transmission system.

3.3 電気的出力

  肢体麻痺患者の末梢神経や筋に電気刺激を行うことで運動機能を再建する機能的電気刺激(FES)に関する開発を行っている.FES用として現在すでに臨床応用に至っている製品も存在するが,それらは有線によるものであり,次世代のFES装置としては,人工臓器同様,完全埋込型が望まれる.そのための直接給電素子として数十 mWの出力を得ることができるものを既に我々は開発している.また,刺激波形を信号として同時に伝送するが,ユニークな方法を用いることで電力伝送が信号伝送に及ぼす影響を低減可能なシステムを実現している.

3.4 熱的出力

  癌組織が正常組織より熱に弱いことを利用したハイパーサーミアのユニークな方法として,磁性体と金属を複合させた小型の発熱体(図2)を体内に埋め込み体内の深部を局所的に加温する方法について開発を行っている.この発熱体に近傍磁界を照射することで発熱体は高発熱を実現している.また,この発熱体は,磁性体の性質を利用することで自己温度制御機能を有しており,温度モニタリングが不要なシステムを実現できる.現在,発熱体の複数配置による加温領域が明らかになりつつあり,腫瘍形状に合わせた温度分布を積極的に作ることが可能である.さらに,動物実験から,この発熱体の腫瘍に対する効果も明らかになってきている.

図2. Mechanism generating heat in hybrid heater.

4. おわりに

  近傍磁界を用いた非接触エネルギー伝送では,生体埋め込みに適した適切な設計の下,数mWから数十Wレベルに至るまでの幅広い範囲での伝送が可能であり,埋め込み医療機器の柔軟な駆動に寄与する.付随する制御システムの開発によりその実現性は高まっており,さらに福祉機器や民生機器等への応用により新たなシステムの構築も考えられる.

  では臨床応用への現状としては,医学的見解等様々な解決課題が存在する.エネルギー伝送については技術的に実現可能な段階であるが,いざ人に応用するとき,様々な制約が存在する.この医学と工学の連携を強固にする事で,臨床応用への道が開かれるはずである.
動物実験から,この発熱体の腫瘍に対する効果も明らかになってきている.

文 献

[1] Matsuki H, et al. IEEE Trans Magn 31, 1276-1282, 1995.
[2] Kakubari Y, Sato F, Matsuki H, et al. J Magn Soc Jpn 30, 510-514, 2006.
[3] Sato F, Matsuki H, et al. IEEE Trans Magn 40, 2964-2966, 2004.
[4] Takura T, Sato F, Matsuki H, et al. J Magn Soc Jpn 31, 288-292, 2007.

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