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分担研究概要

三次元積層構造を有する完全埋込型人工網膜の開発

田中 徹
医工学研究科 医工学専攻 生体機械システム医工学講座
医用ナノシステム学研究分野 教授
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1. はじめに

  高齢化社会の進行に伴って加齢黄斑変性症(Age-related Macular Degeneration; AMD)や網膜色素変性症(Retinitis Pigmentosa; RP)の患者が急激に増加している。これらの病気は光を電気信号に変換する網膜中の視細胞が侵されることによって発症するが、医学的な治療法はまだ確立されていない。AMDやRPに罹患すると視細胞が選択的に死滅してしまうが、視細胞とともに網膜を構成する水平・双極・神経節細胞は高い確率で正常であることがわかっている。そこで網膜に接触させた刺激電極アレイを用いて、残存する網膜細胞を多点電気刺激することで視覚を再生する人工網膜の研究が世界各地で進められている[1]。
 通常の人工網膜は網膜刺激電極、光電変換素子、信号処理回路チップ、刺激電流生成回路チップ、電力送受信用のコイル、それらを接続するケーブルから構成されている。そのため全体の構造が複雑になり、使用者の負担が大きくなると予想される。一方、我々は集積回路チップを超薄膜化・積層化することで新しい機能を実現する三次元集積回路技術[2,3]を長年開発している。そこで、その技術を応用して網膜の機能を1チップに集約した「三次元積層構造を有する完全埋込型人工網膜」を提案して開発を行っている。我々の人工網膜は各網膜機能を持つ複数の集積回路チップを薄膜化して張りあわせ、そのチップを搭載したケーブルの裏面に網膜刺激電極アレイを有する一体構造となっている。従って、人工網膜全体を眼球内に埋め込むことができ、患者自身の角膜や水晶体の使用、眼球運動による視点の移動が可能となる。

2. 完全埋込型人工網膜の構成

  図1に完全埋込型人工網膜の構成図を示す。眼外と眼内のユニットに大別でき、眼外には電源と電磁誘導による送受信を行うための1次コイルがある。眼内には三次元積層型人工網膜チップと刺激電極アレイ付きフレキシブルケーブル、2次コイルがある。三次元積層型人工網膜チップでは、外界からの光は最上層の光電変換素子によって電気信号へ変換される。変換された電気信号は集積回路チップ間を接続する配線(垂直配線)によって下層へと伝わる。信号処理回路によってエッジ抽出や動き検出などの画像処理を行った後、更に下層で網膜刺激用の電流パルスが生成される。電流パルスはチップが搭載されているフレキシブルケーブル裏面の刺激電極アレイから網膜を刺激する。三次元積層構造にすることで、チップ上面全体を受光領域にできるため、小さな面積でも高解像度が実現できる。我々の完全埋込型人工網膜は本質的に小型・軽量・高機能化が可能であり、高いQOL(Quality of life)の高性能人工網膜が実現できる。

図1.三次元積層構造を有する完全埋込型人工網膜の構成

  図2にロボット搭載用として作製した三次元積層型人工網膜チップの走査型電子顕微鏡断面写真を示す。異なる機能を有する3つの集積回路層が積層され、埋込配線とマイクロバンプにより電気的に接続されている。図中で拡大しているのは集積回路で使用されているMOSFETである。この人工網膜チップでは、高速並列処理や高解像撮像が実証されており、その成果は今後の患者用完全埋込型人工網膜の実現に繋げていく。

図2.ロボット搭載用三次元積層型人工網膜チップの走査型電子顕微鏡断面写真

3. ウサギの網膜の電気刺激によるEEP測定

  人工網膜による視覚の再生に際して、最適な電気刺激が非常に重要である。刺激電流の最適化を行うためには、網膜を電気刺激したときに、視覚に対応した信号が脳で観測されるかどうかを確認する必要がある。そこで、刺激電極アレイ付きフレキシブルケーブルをウサギの眼に埋め込み、網膜の電気刺激による脳内誘発電位(Electrically Evoked Potential; EEP)の測定を行った。

図3.Pt刺激電極を有するポリイミド製フレキシブルケーブル

  測定に使用した白金刺激電極を有するポリイミド製フレキシブルケーブルの写真を図3に示す。ケーブル先端に直径70μmの刺激電極を、200μm間隔で4×4のアレイ状に配置している。先端部の孔でケーブルを眼球に固定する。
 結果として、網膜の電気刺激により得られたEEP波形は、網膜の光刺激で得られた脳内誘発電位(Visually Evoked Potential; VEP)の波形とよく似ていることが確認できた。これは網膜の電気刺激により脳で視覚が再現されていることを示している。図4にEEPの振幅と刺激電荷量の関係を示す。両者には正の相関が観測され、刺激電荷量が増えると活性化する網膜細胞の数も増えることを示唆している。

図4.EEPの振幅と刺激電荷量の関係

4. 今後の研究計画

 これまで平面型の人工網膜チップの作製と動作検証、刺激電極付きフレキシブルケーブルの作製、動物実験等により、基礎データの集積を行ってきた。また、網膜刺激電極付きフレキシブルケーブルに平面型人工網膜チップを実装したモジュールを試作し、外界からの光に応じて、網膜刺激電流のパルス周波数を線形に変化させることに成功している。今後は、三次元積層型人工網膜チップの作製と他の部品とのモジュール化を行い、眼内へ埋め込んで評価することを目指す。同時に、安全かつ効率的な網膜刺激法を確立するために、刺激電極形状・材料の探求や長期電気刺激が生体に及ぼす影響等の評価を行っていく。
(注;本研究の全ての動物実験は国立大学法人東北大学における動物実験等に関する規程に則って行われている。)

文 献

[1] Humayun MS, de Juan E, Weiland JD, Dagnelie G, Katona S, Greenberg R, Suzuki S. Pattern electrical stimulation of the human retina. Vision Research 39, 2569-2576, 1999.
[2] Kurino H, Nakagawa Y, Nakamura T, Yamada Y, Lee K, Koyanagi M. Biologically Inspired Vision Chip with Three Dimensional Structure. The Institute of Electronics, Information and Communication Engineers Transactions on Electronics E84-C, 1717-1722, 2001.
[3] Koyanagi M, Nakagawa Y, Lee K, Nakamura T, Yamada Y, Inamura K, Park K, Kurino K. Neuromorphic Vision Chip Fabricated Using Three-Dimensional Integration Technology. In Proceedings of IEEE International Solid State Circuits Conference, San Francisco, 270-271, 2001.

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