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分担研究概要

超音波による動脈壁の弾性特性と組織性状の非侵襲イメージングに関する研究

金井 浩*,長谷川 英之
工学研究科 電子工学専攻
電子制御工学講座 教授
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1. はじめに

  循環器系疾患の主要な原因である動脈硬化症は,自覚症状がなく潜在的に進行し,突然,心筋梗塞・脳梗塞などとなって発症する.動脈硬化症の進行とともに動脈壁に局所的な病変が生じるが,心筋梗塞・不安定狭心症・脳梗塞等は,動脈硬化病変(動脈硬化性プラーク)自体が直接内腔を閉塞させるのではなく,動脈硬化性プラークがその物理的な脆弱性(破裂し易さ)により破綻して形成された血栓が,末梢の冠動脈や脳動脈の内腔を閉塞させることにより引き起こされると1990年代から考えられてきている.したがって,動脈硬化性プラークの大きさなどの形態的な情報よりもプラークの機械的特性や組織性状を把握することが重要である.しかし,従来の超音波診断装置やCT,MRIによる診断はいずれも, 断層像を用いて動脈硬化病変の形状を観察しているのが現状であり,臨床の現場において動脈硬化性プラークの機械的特性を評価し,易破裂性を診断できる手法を開発することが必要である.

2. 動脈壁の粘弾性特性計測の現状

  血管の硬さ (機械的特性の1つ)として臨床の場で従来測定されてきたものは,脈波伝搬速度 (PWV)[1],動脈の内径変化の計測から算出された動脈壁の弾性率やstiffness parameter[2]などの,血管長軸方向や横断面円周方向での平均的弾性特性であり,動脈硬化病変の局所弾性特性を評価できる臨床応用可能な方法は開発されていなかった.

  我々は,このような課題を解決するために,動脈壁局所弾性特性の計測法の開発を行ってきた[3-5].局所弾性特性を得るためには対象物の変形(半径方向ひずみ)を計測する必要がある.我々は,動脈壁からの反射超音波の位相が対象物の変位に依存して変化することを利用して,超音波ビーム方向の変位の空間分布を高精度に推定し,その空間微分からひずみ分布を世界で初めて経皮的に描出した.また,計測したひずみと血圧との関係から,弾性率を算出する手法を開発し,動脈壁の弾性率分布を非侵襲的に描出することを可能とした.動脈壁のひずみ計測は,壁弾性特性の評価に有用であり,現在も盛んに研究が行われている[6-8].

  また,動脈壁の弾性特性は,動脈壁の組織性状と密接な関わりがあることから,動脈壁内の各組織の弾性率が既知であれば,非侵襲的に計測した弾性率分布から組織性状を診断できる.そこで,in vitro実験においてあらかじめ動脈壁内の各組織の弾性率を計測してデータベース“弾性ライブラリ”として登録しておき,体表から非侵襲的に計測した弾性率断層像を“弾性ライブラリ”をもとに分類することで,組織性状を非観血的に診断できる可能性を示した(図1).しかし,本計測法で計測された,動脈壁内の脂質・血栓・線維組織・石灰化組織の弾性率分布は互いに異なるものの,重なりも大きい.組織弁別能の向上のためには,ひずみの計測精度をさらに向上させる必要がある.

図1. Tissue classification of arterial wall by noninvasive elasticity measurement.

3. 動脈硬化診断技術としての展望

  図1に示される本計測法で計測された動脈壁内の脂質・血栓・線維組織・石灰化組織の弾性率分布は,互いに異なるものの重なりも大きい.この分布の広がりの1つの要因はひずみ計測誤差であり,組織弁別能の向上のためには,ひずみの計測精度をさらに向上させる必要がある.動脈は,心拍動によりその径が変化するだけでなく,その長手方向にも変位することが明らかになっており,このような長手方向の変位は,径方向ひずみの計測精度を劣化させる要因となる.したがって,動脈壁の径方向の変位だけではなく,長手方向の変位も同時に計測して2次元的にトラッキングすることにより,径方向ひずみの計測精度を向上させる必要がある.また,2次元変位を計測できれば,動脈硬化病変に破綻に寄与するといわれるずりひずみの評価も行うことができる.

  また,動脈硬化病変の破綻には,血流からの力も重要な要素であると言われている.したがって,動脈壁の力学的特性に加え,血流も同時に計測できる手法を開発することが必要である.

  さらに,既に形成された動脈硬化病変の診断だけではなく,病変が形成される前の段階での早期診断も非常に重要である.動脈硬化の最も早期の段階では,動脈最内層を覆う内皮細胞(図2)が損傷を受けるといわれている[9].正常な内皮は,血流によるずり応力に反応して一酸化窒素(NO)を産生し,NOが中膜平滑筋を弛緩させる.この働きを利用し,一時的な駆血の解除後の急激な血流増加(ずり応力増加)に対する弛緩反応を,血管壁の弾性特性の変化として捉えることができれば,内皮機能の評価を行える.動脈壁の微小ひずみを高精度に計測し,血管弛緩反応時の血管壁の力学特性の変化を詳細に解析することにより,動脈硬化による極早期の変化の検出が期待できる.

図2. Structure of arterial wall (9)

4. おわりに

  高性能な超音波診断装置により,動脈壁の断層像が高解像度で得られるようになってきているが,断層像から得られる情報は主に病変の大きさや形などの形態情報であり,動脈硬化の進展において重要な意味を持つ力学的特性を得ることはできない.超音波信号に対する高度な信号処理技術・超音波ビーム制御などを駆使した動脈壁の力学的特性・血流動態の計測により,動脈硬化症の高精度診断が期待できる.

文 献

[1] Hallock, P. Arch Int Med 54, 770-798, 1934.
[2] Hayashi K, ほか4名. J Biomech 13, 175-184, 1980.
[3] Kanai H, ほか3名. IEEE Trans Ultrason Ferroeletr Freq Control 43, 791-810, 1996.
[4] Hasegawa H, ほか3名. J Med Ultrason 31, 81-90, 2004.
[5] Kanai H, ほか4名. Circulation 107, 3018-3021, 2003.
[6] de Korte CL, ほか3名. Ultrasound Med Biol 23, 735-746, 1997.
[7] Rabben SI, ほか3名, Ultrasound Med Biol 28, 507-517, 2002.
[8] Maurice RL, ほか5名. IEEE Trans Med Imaging 23, 164-180, 2004.
[9] Ross R. New Engl J Med 340, 115-126, 1999.

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